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ちょっと寄り道-天守台- 弁護士 宮岡孝之

ちょっと寄り道-天守台- 弁護士 宮岡孝之

明暦の大火は、江戸市中に建物が密集していたため被害が拡大しました。

幕府は江戸の測量をして防災計画を立案。

江戸城が焼失したのは、水堀一つを隔てただけでは類焼を防止できないためです。

そこで、火除け地をつくることにします。

その一つの例が、吹上にあった尾張・紀伊・水戸の御三家の上屋敷を郭外へ移転させ、内郭に空き地をつくります。

その結果、尾張・紀伊は麹町の先に、水戸は小石川に移転。

また内堀の外に作った火除け地に明治時代に学校が作られます。

例えば、東大発祥の地などです。

やがて、天守を建てようという機運が盛り上がり、加賀金沢藩の前田綱紀に天守の石垣を作らせます。

弁護士 宮 岡 孝 之