「筆まかせ」に東京への旅立ちの様子を要旨次のように記している。
明治16年1月23日 人が止めるのを聞かず、故郷を出て東京に旅立つことになった。
この日は大阪商船会社の平穏丸であるが、思い立った日に発たなければまた故障が起きるかもしれず、松山停車場に急いでいった。
停車場には強風のおそれありとの警報があったが、正午に三津に行ったが、船がなかなか来ない。
送りに来た人も帰って、問屋で寝ようとしたところ、汽船が寄港した。
二時ころ出帆したが、船足が遅く、船が波を立てているとは言えず、ただ波の輪ができるだけである。
弁護士 宮 岡 孝 之