BLOGブログ

2026年07月

ちょっと寄り道-平川門- 弁護士 宮岡孝之

ちょっと寄り道-平川門- 弁護士 宮岡孝之

平川門は、江戸城の東北の鬼門にある。

御三卿や大奥の出入り口として利用されたが、不浄門といわれ、生きて出た人は浅野内匠頭と江島であるとも。

浅野内匠頭は1701(元禄14)年高家筆頭吉良上野介に刃傷を起こし、切腹場所まで護送されるときにつかわれた。

 

平川門で注目すべきは擬宝珠である。

5対の擬宝珠がある。

写真では分かりにくいが、三種類ある。

その違いは、形でも分かるが、制作年月日等が書かれている。

一例を挙げると、「慶長十九年甲寅八月吉日 御大工椎名伊与」。

 

是非 自分の目でご確認を。

 

弁護士 宮 岡 孝 之

よもやま話ー銀座界隈ー 弁護士 宮岡孝之

よもやま話ー銀座界隈ー 弁護士 宮岡孝之

伝記正岡子規(松山市教育委員会編)によれば、

「正岡子規は新橋停車場から、人力車に乗り加藤拓川にいわれたとおり、まず日本橋浜町にある久松邸に向かった。はじめて見る東京の姿に子規は目を輝かせ、人力車からあちこちを眺めまわした。『なんと東京はきたない所じゃな。』と思った。人力車はちょうど銀座裏を通過していたが、明治16年ごろの東京のなかでもきたない場所であったといわれている。」

と記載されている。

これは、筆まかせの「東京はこんなにきたない所かとおもへり」を基にしたものである。

 

銀座は、明治5年の銀座大火の後不燃化のためにレンガ街となったが、明治10年代の東京のごみ事情は、急激な近代化で人口が集中し、上下水道も不十分で、未舗装の道路、ゴミや汚物の処理の遅れがあったとのこと。

 

(写真は、明治27年建築の三菱1号館を復元したものです。)

 

 

                                      弁護士 宮 岡 孝 之